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“争いのなき国と国なれ” [中央日報]

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  • 2013.09.15 20:37

中央日報   2007  11  23 

 

“争いのなき国と国なれ” [中央日報]

国内唯一の‘短歌詩人’孫戸妍…‘韓・日友好’両国から100余名が4周忌追慕

 


今はなき歌人を偲ぶ人々が一堂に会した。22日、孫戸妍詩人追慕行事に参席したイム・

ヨンウン、キム・ナムジョ、パク・ジョンジャ、イ・スンシン、ホン・ミン、ササキノリコ

、ユ・ジャヒョ各氏(左から)

 

‘昨夜荒れし逝きと風止み東の空明るみて朝日が昇る’ (‘平和の即興詩’)

 

初雪の余韻が残る22日の夕刻、ソウル鐘路区弼雲洞‘ザ・ソホ’ギャラリー。100余名の人々が

集まり、一人の詩人が残していった詩を吟味していた。韓国優位津の短歌詩人だった孫

戸妍(1923~2003)詩人の4周忌を迎えて開かれた追慕行事‘愛と平和の深さ、孫戸妍の夜

’だ  

 

詩人の作品をテーマに韓国、アメリカ、日本、フランスの画家15名が描いた詩

画40点がかけられたギャラリーにてユ・ジャヒョ詩人(韓国放送記者クラブ会長)の司会

で行事は始まった  

 



韓国現代詩を代表する女性詩人であるキム・ナムジョ詩人は“私は60

年間詩を書いてきながら比較的穏やかな文壇生活を送ってきましたが、孫戸妍詩人は逝

かれるその日までそのようなことがなく残念です”といい、“今さらとはいえ大家を見

いだし愛する人々が増えたことが嬉しい”と挨拶した。孫戸妍の甥であるイム・ヨンウ

ン(劇団サンオウリム代表)は、‘私のみた伯母、孫戸妍’という回顧辞を通し、父母を

幼くして失った自分を可愛がってくれた伯母とのエピソードを紹介し、集った人々の心

を打った 

 

続いて演劇俳優のパク・ジョンジャ氏と駐韓日本企業人会であるソウルジャ

パンクラブのササキノリコが詩人の作品を韓国語と日本語でそれぞれ朗読した

 

“君よ吾が愛の深さを試さむとかりそめに目を閉ぢたまひしや…君逝きて巌とやなれ蔦に生え吾れ絡みあい千年を生きむ…初めから君は富まざり積み貯めし財返すから命戻せよ…”

。孫詩人が83年に先立った夫、李允模氏を偲んで書いた哀切の詩‘あなた’が朗読され

ると座っていた人々は粛然とした表情で目を閉じもした  

 

歌手のホン・ミンは孫詩人の詩‘野茨’と‘初雪’に曲をつけた歌を披露し拍手を浴びた。ホン・ミンは“詩が短いので曲をつけられるか心配したが、いざやってみると短めの詩の一節にたくさんの意味がとけ込んでいることを感じた”と語った  この日の行事のハイライトは‘作家の

部屋’開放式だった。生前に詩人が作品活動をした自宅を改造して造った作業室を、作

品活動に専念したい作家の誰にでも開放することにしたものだ  

 

孫戸妍詩人は60年間に2000余首の作品を書いた。40年にソウルの진명女高を卒業した後、東京帝国女子大学に留学した詩人は、日本の古典文学の大家佐佐木信綱に短歌を師事した。44年に初の短歌集『戸妍歌集』に続き、58年には日本最高の出版社‘講談社’から歌集『第1 無窮花』を出版した。“よりによってなぜ日本の伝統詩を書くのか”という反応もあったが、

孫女史は韓・日両国の平和を讃える詩を書き続け『無窮花』というタイトルで五巻の短

歌集を出した。日帝支配期から桎梏の歴史をじかに生きながらも、民族感情にとらわれ

ず二つの国の友好と平和に対する祈りを‘愛’により歌い続けた  

 

孫詩人の作品は日本で非常に愛された。98年には明仁天皇が主催する‘新年御前歌会’に外国人として初めて招請を受け、作品を朗読する機会を得た。97年には青森県に女史を讃える歌碑が建てられた。孫女史は両国の文化交流増進に寄与した功労を認められ、2000年及び2002年に韓国と日本の政府からそれぞれ文化勲章を授けられた 

 

2005年、韓・日頂上会談のとき、ソウルにて開かれた記者会見にて小泉純一郎日本総理が ‘切実な望みが一つ吾れにあり争いのなき国と国なれ’という孫詩人の短歌を詠み話題となった。当時の小泉総理は“孫歌人が歌った心をもって努力していく”と付け加えもした  

 

この日の行事には日本で愛された詩人の文学人生を証明でもするかのように、大韓海峡を越えてきたお客様も多かった。チェ・サンヨン高麗大学教授(前駐日大使)、アン・インヘ高麗大学教授、タカスキノブヤ富士ゼロックス会長、キタデアキラ(前日本観光振興院長)等も同席した。孫戸妍記念事業会理事長であり詩人の長女李承信(ギャラリー‘ザ・ソホ’代表)氏

は‘吾が保てる総てのものを失えど枯れ果ててならぬ歌でありたし’という母親の詩を

引用してこう語った  

 

“母の作品と人生を合わせたこのような行事をもう少し早く始めることができたら、母も同席できたのにと思うと残念です。平和な時代を求めた母の精神が日本を越え韓国でも光を発してくれることを望みます”  

 

 

 

 

 


 

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