カルチャーエッセイ

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孫戸妍歌人100周年 - 歌人春日いづみスピーチ

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  • 2024.05.23 14:54



孫戸妍歌人生誕100周年記念

国際文学フォーラム

           春日いづみ      

  

 歴史を見つめて


この民が無口のままに従いし汚辱の日を見極めし無窮()()


 無抵抗を「無口のまま」と表現、大韓民国の象徴ともいえる美しい「無窮花」こそ、すべてを見つめて来たと詠う。「見極めし」とは無言であるが厳しい神の目のような厳しさが潜む。


おほおやの代から継がれ来し姓を改めむとし族集へり


終戦と共に戻りし元の姓孫と呼ばれてすぐふりむけず(争い)

 

日本による植民地支配の只中に日本で生を受けた孫さん。1940年代、多感な女学生時代に、日本語常用令、創氏改名、徴兵制などを目の当たりにする。


もう一つの祖国を胸に秘めながら日の丸の旗振りし日のあり(争い)


父母の待つ郷里に漏れなく生き還れ千切れるばかりうち振りし旗(争い)

 

多感な少女期に、複雑な思いで日の丸を振ったことは歳月を経ても忘れることができない、旗を振りながら民族を越え、すべての兵士の無事の帰還を願う。

 こうした心の在り方を孫さんは生涯持ち続けていた。

 

もろともに同じ祖先を持ちながら銃剣とれりここの境に


 38度線という境界は民族を引き裂くもの。孫さんは朝鮮動乱により父が拉致され、避難を余儀なくされた。「ここの境」にの一語に、身近に起きた出来事であり、いまなお解決できないことが強調されている。

 

認識の目

 

生きるとは数限りなき決断と誤まる判断の連続にあり

 

私たちは日々選択を迫られていることを意識化することで、歩みもおのずと変わってくると孫さん自身も考え吟味して歩んだことが窺える。


野茨の尖りし棘に降る雪は刺されまいとてそつと積れり

 

野茨の棘にも雪は降るが、静かにそっと積るのだと見つめている。野茨の棘は何の暗喩であろうか。雪の積もり方は人間の心の向け方だろう。


背の高き壺の前なる小壺にも同じ高さに雪降り積る

 

背の高い壺と低い壺、同じ高さに平等に降り積る雪。天から降る神の愛を譬えているのか。目の前の情景にも静かに認識の目を働かせている。

 

 

詩的抒情性


隙間風防ぐとかけし紫の(チマ)のひだ透かし月影の射す


避難する荒き船旅終はるまで月は連れ添ひデッキを照らす(争い)


 動乱に幼い子どもを抱え不自由な暮らしをするなかにあって、孫さんの詩心 

 はこうした美しい情景を捉え作品化している。


江戸川(かは)の邊に母妊りしその日より芽生え初めしやわが歌心 (争い)

 

生涯、日本語で短歌を作り続けたことは、日本語、短歌の定型、リズムへの深い信頼があったからであろう。孫さんのあらゆる感情、願い、祈りなどを短歌の詩型が受け留めてくれるという手ごたえ、確信がそうさせたのだ。

寮の顧問であった枡富照子氏、その師の佐佐木信綱や「山の辺」の主宰者吉田宏医師との出会いは、心豊かな人間的な交わりであったことも、孫さんが短歌を手放さなかった要因である。動乱の避難生活を終えようやく帰宅した家に佐佐木信綱と枡富照子氏から手紙が届いていた。安否を気遣うもので、嬉しく励まされた孫さんが一気に返事を書いた。そのほとんどが七五調で綴られていたという。

孫さんの身にいかに七音、五音が沁みついていたかを物語るエピソードである。 

日本語の七音、五音は素数、短歌の三十一音も素数、何か神秘な力が働くのではないかと思う。


歌のみが吾が寄りどころ人知らぬ超え難き日を吾が越え来しか


吾が保てる総てのものを失えど枯れ果ててならぬ歌でありたし 



孫さんの歌の特徴


平和への希求、深い洞察と認識、繊細な感受性、そして信仰。

これらは孫さんの人柄、生き方そのものだが、作品はまさしくその反映である。逆に、短歌を作りながら心を整えてきたことも窺える。作歌にはそうした作用が確かにある。信仰も大きな支えであることが窺われる。


絶望の涯に立たされ終りだと嘆けば聖句ひとつが浮かぶ


病いとの吾が壮烈な闘いは創り主なる神のみが知る

 

敗戦後の日本でも戦争孤児、引き揚げ、大空襲、原爆の被害などの苦しみから多くの短歌が生まれている。私たちは作品を通してその時を生きた人々の心情を知ることができる。孫さんの作品からも同様に様々な場面や人々の感情が立ち上がる。それは国や民族を超えた共通のものであり、時代を越えても変ることがない。人々は平和を願いながら、戦争はギリシャ悲劇の時代からなくなることのない。政治、経済のレベルではなく、文化、芸術を通して心を通わせることができる。孫さんの作品もその役割を果たしている。

南へと行きさへすれば助かると着の身着のまま街を抜け出し

難民の列は果てなく続きゐてうしろ追ふごと砲火の響き

 

 今世界各地は同じ悲劇の坩堝になろうとしている。孫さんの作品がお嬢様の李承信さんにより韓国語、英語、フランス語に翻訳されている。口から口へ、心から心へ伝わり広がることを願っている。こうした営為こそ真の意味での世界平和への貢献の一助であることを確信している。

 

 

 

 

                       Prof. Nakanishi Susumu & Poet Kasuga Izumi , Poet Onda from Japan

 

 

                              Looking at the Poet Son Hoyun's Poem Monument in Seoul 

 

 

 

 

 

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