カルチャーエッセイ

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私の住んだ町

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  • 2020.02.21 16:18

 

   長い行列ができるふたば                                                                                    2020 1 3     

 

 

李承信ので書くカルチャーエッセイ

 

私の住んだ町

 

ソウルで生まれ育ったのでソウルには愛着があり、留学して20年近く住んだワシントンにも愛着があるが、少し前に京都で勉強しながら暮らした町にもずいぶん愛着がある。卒業後に京都を訪れると、どんなに名所を回った後で少ししか時間がなくてもその町に行きたくなるのをみても、それがわかる。もう癖になってしまった。


最初はこころもとなかった。大学から10分の距離なのでその部屋を契約したが狭苦しかった。韓国の倍もある広い国なのに、大臣すら18坪の家に住むなど、日本人が狭い空間に暮らしているという話はよく聞かされた。日本人の謙虚さであり、韓国とは暮らしの優先順位が異なる面だ。


勉強しにきたのだと言い聞かせながら、窓を開けては地面においた12個の花瓶の花の色の調和を考えながら変えてみるのが喜びだった。写真を撮っておかなかったことが悔やまれるが、私の中には今もその愛らしさが残っている。


その部屋にしてよかったことはたくさんある。

まず、部屋を出てすぐが出町商店街だ。新鮮で安いので遠くからも客がくる。かなり大きめのスーパーが二つあり、自然とこっちはこれがよく、あっちはあれがよくて安いということがわかるようになる。


課題が多く時間は貴重なので、食事は主に大学の学食ですませるが、どうかして夕食を部屋で食べることになると、玄米を炊き、スーパーで湯葉、豆腐、寿司、刺身、新鮮な野菜や果物を買ってくる。ここでは韓国のナムルも作って売っている。


そのうち私が一番好きなのは鯛のアラのみそ汁だ。日本では高級魚の鯛のアラがかなりの量でも400~500円で買え、これに大根を切っていれて日本の味噌をとくと、ほんとうにおいしい鯛のアラのみそ汁になる。それを友人や学生たちにごちそうすると、最高級料理だといって感激してくれた。思い出がありすぎて、そのスーパーのメンバーシップカードは今でも大切にしている。


商店街には韓方薬の店もあり、気力回復のためのコンサルティングもしている。うどん屋があり、さば寿司で有名な小さな食堂もある。私は普通の寿司と刺身が好きで、すっぱめのさば寿司は受付けないが、さば寿司が特に好きというある知人は、私が教えたその店に行くためだけに京都を訪れもする。


商店街を抜けると道を隔ててまた商店街が続くが、そのうちの一軒が有名な“ふたば”だ。京都だけでなく、日本全国から人々が訪れ行列をなす店だ。


1899年創業の京都を代表する和菓子屋である出町ふたばは、創立者が故郷である石川県の豆餅が首都京都に定着することを願って始めた名代豆餅の名声が轟き、百年以上愛されている。


惜しみなくちりばめられた豆、作る過程を目で追い、すごい行列ができるのを見ると味への期待も高まる。部屋からわずかの距離にあるその店の行列に私は三度並んだ。大雨のためそれでも短い行列だった。何列かに並んでいるので割り込むこともできず、勉強のため時間もそれほどさけなかったころだ。この行列をみるとどこかに二号店を出してもよさそうだが、そういうことはしないのだろう。


ふたばの向かいにある喫茶店にも行列ができる。お汁粉やお餅も売っているが、ソフトクリームの味が格別だ。


そこを過ぎると、私がいつも覗き込んでは買いたい気持ちを抑えなくてはならない花屋があり、そこからは鴨川が見える。出町に暮らしながら心の拠り所とした場所だ。郷愁に、寂しさや悔しさに、勉強の難しさに押し潰されそうになるとき、私はそこへ走った。


数十キロにおよぶその川は、幅は狭いが自然そのもので心が暖かくなる。京都で‘最もデートしたい場所’に選ばれてもいるが、恋人同士もいれば、子どもと一緒の若い家族や老人の姿も見える。春になると両岸の桜の老木が花を咲かせ、季節によって趣を変えるその川にそって歩くと、運動にもなり気分もよかった。


都市を流れる川はいいものだ。

彼方には東洋画の絵のようにいくつかの山が連なり、その平和な光景を眺めながら歩く。翌日に訴訟件をひかえ一日ソウルへ行かねばならないのに、行きたくないと思うこともあった。鴨川とという名にふさわしく鴨たちが戯れ、空には艶やかなカラスとトンビが悠々と舞っている。


川辺には Bon Bon というフレンチトーストやカレーライスなどの軽食を出す店があり、授業の初期にはよくフレンチトーストを片手に勉強をしたりもした。映画のロケ地にも使われ有名だとのことで、大きな窓からは空と川、その向こうの山を見ることができる。


急いで朝ごはんを食べ、バックパックを背負って出れば大学までは10余分。左側には長く天皇陛下の居所であった御所の長い塀が続き、私が歩く右側には電球のような細々としたものを買ったとき親切に接してくれた金物屋と一日ひとつアンパンを買う優雅なパン屋があり、しばらく行くと髪を切ってくれる明るい青年のいる美容院が見えてくる。ソウルではひと月に一度美容院に通ったが、ここではふた月に一度通った。


今でも京都に行くと、私が暮らした出町に行き、青森リンゴの八百屋の女将さんをはじめ町内の顔なじみとあいさつを交わす。私の人生の一部で出会った懐かしい人々であり、私を暖かく受け入れてくれたが、韓国には行ったことすらなく、韓国といって金正恩を思い出すような人々だが、私が韓国人であることが広い意味で彼らにとって日韓交流になるわけだ。


彼らのひとりひとりが私にとっての日本の印象であるとすれば、私は彼らにとって韓国という国の印象であるだろう。

 

  

 

 

黒豆入りのふたば名物の餅

頭ほどの大きさの丸い大根  –  出町商店街

青森産 紅玉

 

  

 

  

가모가와押川 - 교토  2016  5

 

 

 

 

 

 

 

 




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