カルチャーエッセイ

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再会

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  • 2018.09.03 15:14

 

 

 

 

                                                                                                                2018  6  8

 

 

李承信の 詩で書くカルチャーエッセイ

 

    

 

 

ああ、ほんとうにどれぐらいぶりの再会だろうか。

同窓の友人たちのほどんどが50年ぶりだった。

 

530日は、梨花の開校記念日だ。アメリカの宣教師のスクラントン女史が、1866年に建てた女学校で、初めは中高大までがひとつだったが、規模が大きくなって大学が新村に移ることになった。

 

ソウル市内の真ん中の2万坪を超えるキャンパスに、見覚えのある校舎はもちろん、3千人収容可能な堂々とした石の野外劇場と藤の木のトンネル、友人たちと手をとりあって歩いたあちこちの美しい小道をはさんで、今では中学校がなくなり、高校と外国語校になったが、昔通った中学校の建物と高校の建物がそのまま残っていてただただ懐かしい。

 

多くの高校が江南に移っていったが、美しいキャンパスとその思い出を捨てることはできず、同窓たちの反対で移転せずに貞洞のその場所にそのままあることがありがたい。

 

12歳という、水を吸うスポンジのように何であれ頭に入ったころの幼い私たちは、毎日梨花に通い、毎日前後左右の友人たちと家族よりもはるかに長い時間を共にした。実によき教育環境であり、素晴らしい恩師たちであり、良き友たちであった。

 

ソウル弼雲洞の家から、教科書とお弁当の入ったかばんが重くて一方の肩を傾けながら社稷公園を過ぎ、新門路の高級住宅街をくだってゆく道がどれほど遠い道のりだったか。20年のアメリカ暮しの後、改めてその道を同じ家からくだってみると、あまりにも短い道だった。

 

そのように、どこにいても心に秘めた6年間の梨花は、常に私とともにあった。

最近お世話になった京都の同志社大学もクリスチャン大学だったが、築140年を越える礼拝堂チャペルに集まる学生数が少なく、私は機会のあるたびごとに梨花での聖書授業とチャペルへの参加を促した。

 

卒業により去ったその場所を50年ぶりに訪ね、在学生たちとともに寬順記念館の記念式で、ホームルームの時間に歌った校歌と、いつも歌っていた賛美歌を正しい姿勢で歌った。どうかすると毎日その意味も知らずに癖のようにして歌っていたその歌詞のひとつひとつは、これまでの私の人生に必要欠くべからざる言葉たちだった。

 

たくさんの恩師たちが耳にタコができるほど繰り返し話してくれたのだろうが、全身で世の中にぶつかってみて初めて、そうしてみて初めて腑に落ちるとは、悟りというのものはなぜにこんなにものろいのか。

 

複雑な気分であり、半世紀前の若き恩師たちの顔と幼かった友たちの顔、そして毎朝学校に送ってくれた両親の顔が思い浮かぶ梨花を輝かせた賞をわけもわからず舞台で受け、パノラマのように当時の美しい瞬間瞬間が目の前を通り過ぎ、梨花にはたくさんの愛の借金があると思った。

 

世界中からきた2百名を超える同期たちとの再会であり、懐かしき梨花との感激の再会の瞬間だった。

 

 

 

梨花賞 代表スピーチ

 

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今朝、開校記念式で久方ぶりに歌った梨花の校歌の歌詞が、私たちの人生にどれほど必要な言葉であるか、十代のころチャペルの時間にいつも歌っていた賛美歌の歌詞がどれほど胸にしみるか、なぜ今ごろになってそのことに気づいたのかと思わされます。

 

ちょうど10年前、梨花の卒業40周年を記念する集まりで、「ああ、もう60。還暦だとは」という声が聞こえてきました。そのとき挨拶に立った先輩である張明壽・梨花女子大財団理事長が「還暦というともう歳だと言われますが、8年先輩の私からすれば、花盛りの青春です」と語ってくださいました。10年後の今日になって初めてその意味がわかります。

 

私が梨花に行こうとした動機は、梨花の中にソウル芸術高校を建てた叔父である元植先生の導きのためでした。お前ここに来るべきだとそう叔父は言いました。

 

私たちが、12歳のとき、15歳のときに梨花に出会えたことは、どれほど大きな祝福であり、感謝であり、栄光でしょうか。

梨花では勉強で一番になりなさいという話は聞いたことがありません。文学、美術、音楽、スポーツ、科学、どの分野であれ、優秀で頭角をあらわせば野外劇場で3000人からの拍手と激励を受けました。

‘やればできる’、‘わたしにはできる’、そういう自信感と誇りと自負心をもって、私たちは世の中に出て行くことができました。

 

また、ありがたかったのは信仰の教育でした。当時意味もわからずにおぼえた主祈祷文、使徒信経、主の御言葉のひとつひとつが、梨花を去った後にも人生の峠で大きな力となり、支えとなりました。

 

今日、こうしていただいた梨花を輝かせた賞は、これまでの人生に勝利した私たち全てがともに受けとったものだと思います。 

 

卒業40周年、30周年の梨花賞を受けた全ての方々に、心からお祝い申し上げますとともに、これからこそ本当に梨花を輝かせ、国と世界を輝かせていきましょうと、ここに提議いたします。

 

本当に、ありがとうございました。

 

 

李承信

 

 

 

 

   50年ぶりの再会  -  梨花女学校 野外劇場   2018  5  30

 康京和長官受賞   -   2018  5  30 

 

 梨花を輝かせた賞  -  梨花女学校 柳寛記念館  2018  5  30 

  

  梨花女学校 キム・ヘジョン校長

  梨花を輝かせた賞代表スピーチ   -  2018  5  30 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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