2020 2 15 雪が降れば 窓の外に雪が白く降っている。 ソウルは私の幼いころのように雪がたくさん降るわけでもないので、久しぶりにみる真っ白な雪がただ嬉しい。 New York 州の Syracuse 大学院を卒業した後、北に50分ほどの距離のオスウェゴ(Oswego)に住んだことがある。ともに勉強中だった息子の父親がニューヨーク州立大学で経済学の教鞭をとっていたからだ。ロックフェラーが建てた5個あるニューヨークの大学のひとつであるその大学のキャンパスのすぐ前には、巨大な5大湖のひとつであるオンタリオ湖(Ontario Lake)があった。息子のアンドルーは海よりも大きなその湖の前で、空が真っ青に晴れた日に生まれた。 夏にはその湖だけでなく、いたるところにエメラルド色の湖と滝と川があった。 カナダに近いそこは、10月ともなると雪が降り始め、翌年の5月初めまで降り続ける。数多くの背の高い木々が雪をかぶると、世の中のどこにこんなに美しいクリスマスツリーがあるだろうかと思わされた。 Oswegoの家の庭に立っていた雪をかぶった木 しかし、毎日毎日山のように積もる雪をスコップでかき出さなくては、ドライブウェイに出ることができない。どの家にも冬用の車があるが、道にまかれる除雪剤のためにすぐ錆付いてしまうので、夏には夏用の車が他にある。頬がいつもとても冷たく、冬は果てしなく長かった。大学院のあるワシントンに出れば、2月でさえ春めいているというのに、戻ってくると5月でも寒かった。
アメリカの有名なトークショーである Tonight Show で、世界のニュースをネタにしたコミカルなオープニングメントが人気の司会者ジョニー・カーソンが、「ニューヨークのオスウェゴは今日も記録更新、最高にたくさんの雪が降ったといいます(Oswego is the snow capital of the world)」というほどだった。そんなところに住んでいたのだ。
ソウルから来た父は、昔大学に通った満州のようだと思い出にひたり、ナイアガラの滝に行こうという。ちょっと立ち寄った人々にとってこの雪は神秘的かもしれないが、住んでいる者にとっては、頼むからやんでほしいと願うばかりで、空を見上げては待っても待っても春は来そうにもないと思うこともあった。
すっかり忘れていたが、雪の降る山をながめていると、高い木の上に‘Tree House’のある裏庭が深い森とつながっていたオスウェゴの家と、あの Mineto の道の始まり近くにあったステンドグラスが美しかった聖堂が、夢の中の景色のように思い浮かぶのをみると、どうやら脳裏に雪とともに焼き付けられた映像のようだ。
裏庭の木に建てかけられたTree House、その背後には奥深い森が続く。 ソウルから来た母は、この光景を短歌によみ日本で賞を受けた それとは比べようもないが、ソウルの冬も長い方なので、私のような寒がりは、ただもうどこか暖かいところに逃げ出したいが、あれこれと用事をすませて月を送るうちに、いつしか春を迎えることになる。 ときどき降るだけなら雪は実によいものだ。まさしく冬の華だ。人間が汚すだけ汚した都市を白く覆いつくし、ソウルの家の裏の仁王山のチマ岩や、青瓦臺(大統領府)の裏の三角形の北岳山に積もって作り出す新しい姿はまぶしいばかりだ。心が明るくなり、新しい日の希望がわきあがる。 人生もそういうものだ。 毎日、毎瞬間が喜びと楽しみに満ち、豊かでよいことばかりであるなら、どうして喜びや感謝を感じられるだろうか。たまに見るからこそ虹に胸がときめき、生まれて初めてみる皆既月食がただただ驚異であるように、期待もしていなかったのに、ふと訪れる喜びと楽しみがあるがゆえに、また期待し願い事をもつ、私たちの人生とはそうしたものなのだ。 青々とした松の木が立ち並ぶあの山に登った日々が懐かしい。 初孫を見ようと 一目散に飛んで来た Oswego ニューヨーク北部大学 雪に覆われた広闊とした町を 大学に通った満州のようだと 感慨にひたった 明るいその顔が 目に見える お父さん 仁王山のチマ岩の朝 - 2014 2 9 左側の安家と青瓦臺の間にある北岳山 雪の降った日の朝、青瓦臺の背後の北岳山 |