なぜ依然として京都なのか 長いアメリカ暮らしを終えて帰国してからも、なにかと縁のあるアメリカのワシントンやニューヨーク、ボストンなどにはよく行っていました。しかし20年が過ぎると、その回数も減り、近くの日本によく行くようになりました。
単なる旅行というよりは、会議やセミナー、私の詩の朗読とスピーチのため、あるいは、私の詩に曲をつけた楽曲のコンサートなど、なにかしら目的のある旅行でした。
そんなふうに私だけでなくたくさんの人々が行っていた日本も、コロナ19のために空の道がふさがってしまってずいぶん経ちます。こうして籠って過ごす日常に力を失ってゆく私たちになんとしても必要なのが、まさにヒーリングと交流の旅行だというのにです。ですが、みなそろそろ気づき始めているように、コロナはもう私たちの日常から消えてなくなり、旅行の時間がだんだんと近づいています。
『なぜ京都なのか』1巻の出版は2018年のことです。 2011年に日韓両国で出された『花だけの春などあろうはずもなし』と『君の心で花は咲く』という詩集が話題となりましたが、その後、頻繁に日本に行くようになると、日本についてあまりにも知らないことに良心が痛み、千年の古都である京都に勉強に行き、同志社大学での勉強を終えたのが2016年なので、その前後少なくとも4年以上書き継いできたものです。
考えてみれば、近いから何か知っているつもりで訪れた日本は見知らぬ異国であり、晩学の勉強も大変でしたが、数は多くてもわずかな日数ずつでしかなかった訪問では見ても感じられないものを、帰国後に書き綴ることは容易なことではありませんでした。
たくさんの人々が日本に観光であれ旅行であれ訪れ、これからも行くはずですが、私がそうであったように、少しだけ注意深くみればみえるはずの日本の歴史や文化の表面をなでるにすぎず、なかなかみることができません。まして、そこに住む人々とその思いなど知るよしもないことが残念でした。
晩学ながら、少しでもわかったことを伝えねばという使命感で執筆にかかり、過去にも訪問し最近も勉強で過ごした京都と日本をじっとのぞき込み、私たちとの深い縁と関係についていまさらながら考えることになりました。
4百ページを超えるぶ厚いこの本を出すことで、これでもう日本に対する心の中の宿題をある程度果たすことができたと思っていました。しかし、世の中の趨勢や、人々が京都へ行くときこの本を持ち歩いたり、帰国してから私にあれこれ問う姿をみて、そこに漏れたものがある、まだ十分でないという心が湧き上がってきました。
ですが、何にもまして地理的にも歴史的にも血統的にも最も近い仲であるはずの私たちが、そうできないことに心が重くなります。
2012年に始まった反日、嫌韓も、待てばよいという美徳も、ほとんど十年が経とうとしています。愛の反対語は憎悪ではなく無関心であるという言葉はここにも該当し、互いの関心がほとんどゼロになってしまったことが惜しまれてなりません。
‘隣同士、隣国同士、人類が争うことのないように’と切実に願った母の願いは、完全に私の願いになりました。未来の子孫たちにこのような状況を受け渡してはならないと思います。
コロナ19により非対面の世の中となってずいぶん経ちました。しかし、私の非対面の時間はさらに長かったのであり、その間も依然として日韓関係に対する両国国民の無関心がずっと気にかかり、とうとう文章ひとつひとつをまたぽつぽつと書くことになりました。
京都には私だけが知っていたい、隠しておきたい名所もありますが、毎朝バックパックを背負って大学のキャンパスをすたすたと歩いていた私が住んでいた静かな町である出町のようなところもあります。
韓国とアメリカの文化が身についた私が、どうしたことか日本通として知られることになりましたが、出町のことを懐かしみながら、こうして『なぜ京都なのか2』を再び世の中に贈ることになりました。
最初の『なぜ京都なのか』は同志社大学を卒業した後にも京都をよく訪れながら書きましたが、この『なぜ京都なのか2』は、京都には行けずに回想しながらほとんどコロナのパンデミック以前に書かれました。それでも、最初の61篇のエッセイに続き、ここに収めた43篇のエッセイにも暖かな心を込めました。
どんなときでも希望を捨てはしません。 依然として世の中は善良であり、私たちの関係も、二千年も続いてきた至近距離の日韓関係も、再び美しくなることができるという信念を持ちます。 隣いて胸にも近き国なれと無窮花を愛でてさくらも愛でて
孫戸妍 新刊 ‘李承信のなぜ京都なのか2’ – ソウル教保文庫 2021 7 23
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