ハンギョレ 新聞 2015年 1月 9日
文化 文化一般
“みんなの‘初恋韓屋'を西村の文化空間に”
複合文化空間 ‘ザ・ソホ’館長 李承信 詩人
二十歳になったばかりでみずみずしい恋愛を始めた音大生ソヨン(ペ・スジ)と建築学徒スンミン(イ・ジェフン)は、同じ道を歩きながら偶然見つけた空家のような韓屋に入り、縁側に腰掛けて好きな歌手の展覧会の歌『記憶の習作』をイヤホンで一緒に聞く。そして「初雪の降る日にここでまた会おう」と約束する。
2012年‘初恋の思い出’を呼び起こし400万以上の観客を集めた話題の映画 <建築学概論> (監督:イ・ヨンジュ)に登場した、あの韓屋が最近文化空間として大衆に公開された。
「世の中がどれほど変わっても愛することをやめない愛すべき人たちと、心の奥深くにある愛の一片を分かち合いたくて、私たちすべての幻想の中の初恋の家を独占せずに共有することにしました。私たちはみな誰かの初恋だったのですから」
ソウル鐘路区楼下洞103番地、最近若者と観光客の間で最も“熱い町”である西村の水聲渓谷入口に位置するこの韓屋を執筆室として使っていた李承信詩人の話だ。
映画‘建築学概論’を撮影した西村の小さな韓屋 口コミで観光客が押し寄せ‘名所’として人気 カフェ兼文化行事の場所として使用することに 西村弼雲洞で育った地元っ子が 20年前に取り壊された築300年の古宅を名残惜しんで買い求める ‘執筆室’として使用していたが大衆の要求で共有
国内はもちろん日本でも、‘短歌の大家’孫戸妍歌人とともに‘親子詩人’として広く知られる李承信詩人は、弼雲洞で20年近く‘複合文化空間 ザ・ソホ The SOHO’を運営している。
「西村は私の故郷であり終の棲家です。弼雲洞で育ちましたから。でも、アメリカ留学と仕事のために20余年間留守にして戻ってくる間に、母が守ってきた築300年の古宅韓屋が道路拡張に取り込まれ一部のみが残されることになりました。しかたなくそこを取り壊し、同じ場所に新しく建てたのが‘ザ・ソホ’です。」
韓屋に対する名残りと懐かしさは、その後も心の片隅にいつも残り続けた。ある日、執筆室を求めて外に出たところ、隠れるようにして立っている二十坪余りの小さな韓屋を見つけた。穏やかな老夫婦が「三十年も幸せに暮らしてきた家なので出たくない」と言った言葉が心にしみ、借金をして求めた。
景福宮の西側、仁王山の麓に位置する西村は、朝鮮時代以来ひっそりとしたソンビ(士大夫)の村で、北村の劣らず韓屋が多かったが、70~80年代の開発の風にのって、30坪ほどのものでも不動産業者たちが買い込んで、多世代ビラ等に改築してしまったため、布の切れ端のような小さな韓屋だけがようやく残っている。
「2年余前、映画を撮りたいというので二ヶ月貸したまま忘れていました。映画のタイトルも頭に入りにくく見る気もありませんでした。ところが、ある日新聞で映画の人気が高まるにつれ、韓屋と済州島の家が名所として噂されているという記事を読みました」
映画<建築学概論>で大学時代のソヨン(ペ・スジ、左)とスンミン(イ・ジェフン、右)が、 空家となった韓屋の縁側に並んで腰かけている場面。<ハンギョレ>資料写真
すると、インターネットに韓屋へのアクセスやら、修繕後には喫茶店になるなど、当の主人さえ知らない噂が出回るようになりました。
遅ればせながら映画‘建築学概論’を見た李氏は、我知らず涙を流した。 「この悲しい愛を言葉ですべて表すことはできませんが、あの家での愛の思い出は<ロミオとジュリエット>のヴェローナをふと思い出させます。」
その後、何かの折に執筆室によると、通り過ぎた人たちが後について入ってきて、嘆声をあげながら記念写真をとり、李氏にサインを求める等、日が経つほどに驚くような現象の連続だった。昨年秋の‘西村祭り’の際には四人の主演俳優の写真とともに‘建築学概論撮影地’と書かれた大きな垂れ幕がかけられた。
2003年の逝去後にむしろ注目をあびている母である孫戸妍歌人の詩心を知らせるために、日本とアメリカを行き来する慌ただしい日常に追われ、当の本人すら三度ほどしか泊まったことのない‘執筆室’を快く大衆に公開することにためらいを覚えもした。大々的に修理しなければならない負担もあった。
「芸術空間‘ザ・ソホ’にて文学館、美術館、国内初のフレンチレストラン兼カフェなどを運営し、不毛地のようだった西村で17年以上文化芸術行事をしてきましたし、母の美しいラブストーリーと短歌精神を世界に知らせ続けて20年です。なのに、作り話の初恋物語一篇に大衆があれほど熱狂するのを見ると、悲しくもあり、映画の力を今さらながら実感しもしました。でもその一方で、この世知辛い世の中にこのような恋愛一つを愛おしみ胸をふるわせる心が残っていることは感動的なことでもあります。」
折よく、文化公演を見せるカフェをやりたいという芸術家の提案を受け、李氏は韓屋を公開することに決めた。「北村のように産業化だけされるのではなく、細かくめぐらされた路地に人の暮らしの匂いが満ち、仁王山の精気、祖先たちの魂、芸術の香りがあふれる、ソウルの代表的な品格ある町として末永く保存されることを私は願います。世の中がどれだけ移り変わったとしても、そういう町のひとつぐらいは国の自尊心としてなければなりません」と言うのが詩人ならではのソウルの中心‘西村の愛し方’でもある。
「以前、主演俳優のオム・テウン氏と日本のファンとのミーティング要請を聞き入れてあげられなかったことも気にかかっていましたが、今後は西村の文化芸術空間としてよいことがたくさんあると思います」
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