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東京便り

  • 조회 2379
  • 2016.05.17 03:50
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       東京銀座丁目                                                                                     2016  4 15

                                                           

 

                                                             

 東京便り

 

 

久しぶりの東京だ。

日本に留学すれば、当然東京にもよく行くようになるだろうと思っていたが、勉強のため思い通りにはならなかった。母の短歌に黃秉冀先生が曲をつけてくださった音楽発表会のため、昨年春に訪れて以来だ。

 

東京は実にたくさんの思い出がある場所だ。父、母との思い出も多いが、その後の思い出もある。

 

京都の芸術である地を埋め尽くす桜は十分に咲ききらず、見ることもできなかったが、新幹線で2時間10分、京都よりも東の東京に来てみると、ちょうど咲き始めた桜がひらひらと舞いながら迎えてくれた。

 

青少年国際会議のため東京に初めてきたのは大学生のころだったろうか。今も大学生のようなものだが、長い歳月が流れた。 

 

東京はソウルや他の国際的な大都市にくらべ、長い歳月に変化がたくさんあったとは言えない。日本に行くと言えばそれは主に東京だったが、あちこちに知人もいるので静かに勉強するためには京都の方がいいと思い、京都を選んだ。よい選択だったが、そのせいで寂しくもあり辛くもあった。

 

過去の時代に生きているかのように、昔の風景と風物を大事に遺している京都に比べ、東京はさすがに国際都市だ。東京都内だけでも人口が1400万人、外郭まで含めれば2千万人を越えるだろう。

 

京都から移された皇居があり、江戸川のような川があり、海にも面している。浜離宮や六義園のような歴史ある美しい昔の庭園も大事にしているが、京都と異なる点があるとすれば、東京の庭園はまわりの現代式高層ビルとともにあることだ。

 

東京都心の街路樹の枝打ちした姿は眩しいほどに美しい。

 

父と泊り、母の出版記念会をいつも行った帝国ホテルは皇居の前に位置している。千部屋ある建物の後門を出ると、マンハッタンのサックスピープスアベニューとパリのシャンゼリゼに並び称される銀座がある。最も繁華な銀座4丁目の交差点には和光と三越百貨店が今もそのままあり、たくさんの商号が相変わらずそこにある。日本以外ではお目にかかれないのは、11万ウォン以上のイチゴ。135万ウォンのメロンも。何十年か前もそうだった。アメリカでは本当に安いマンゴーやアボガドやリンゴが、どんなストーリーにくるまれているせいかは知らないが、どれだけ高くてもなくて売れないほどだった。

 

目立って変わった点は、銀座中にあふれかえる人のほとんどが中国人であること。

 

10年、15年前には銀座にはそれほど人が多くなかった。かつての繁華街銀座は日本の失われた20年を経て、人もまばらになるほどだった。約 56年ほど前から人が集まり始めたのが不思議だったが、12年ほど前からは中国語だけが耳に聞こえるようだ。

 

韓国がマーズに悩まされていた間、中国人は日本に来ていたのだ。京都も東京も中国人で混み合っている。政府が積極的かつ大々的な観光政策を繰り広げ、訪問した中国人は日本人の親切と優しさに、もてなされた気分にされるので、訪問者数が可及数的に増えている。

 

東京には何度か来たが、いつも何日間かの短い滞在だった。いつだったか学校の休みを利用して二ヶ月ほど滞在したことがあった。記憶力のよかったその時に日本語の勉強をしていたら、こんなに年をとってからの日本留学ももう少し楽だったろうと思うが、後悔先に立たずだ。

 

1980年には、古典文学研究のため母が東京にいたため、私がアメリカから訪ねていったこともある。その年の冬、銀座の交差点を渡り、母がお昼に連れて行ってくれたのはどこだったろうか。そんなことを考えながら歩く。いつだったか父がここがシャンソンで有名な店だと教えてくれた店はどこだったろうか。ここかしこをのぞきこみもする。人が簡単に逝ってしまうことなど想像もしなかった時期だったので、分別もなく後をついてまわるだけだったが、何年も経ってようやく身にしみるその記憶をたどっている。

 

どうかして3年前に私の出版記念会も、日本外信記者クラブで催されたことがある。皇居の広い庭とそれをめぐる池が眼下に見え、アメリカをはじめ各国を代表する人物たちがスピーチやインタビューを行う由緒ある建物の20階にある空間だ。昔、アメリカ留学時代にニューヨークで出会った日本の友人、前田俊一氏がいつも昼食に招待してくれたところでもある。

 

2万人の犠牲者を出した東日本大震災のとき、二冊の本にこめられた私の日本人に対する慰労と友情に感激した人々のことが思い浮かぶ。さまざまな事情もあるが、日本と韓国は地理的にも歴史的にも、きってもきれない関係として、互いに理解し抱き合いながら前に進まなければならない。

 

そんなことを考え、わが祖国とわが故郷ソウルのことを思いながら、この春、わたしは東京を歩く。

 

 

 

 

   父母を失うことなくして物心はつかないものか

   わたしよりも若かった父、母の心をたどる

 

   銀座4丁目 人気のない交差点

 

 

 

 

 

 

 

 


 

   目黒川にかかる桜  -  2016  3  28  東京 

                                                     東宮御所前の枝打ちされた街路樹  - 東京  2016  3  27                   

 

                                                      東宮御所前の枝打ちされた街路樹  - 東京  2016  3  27

      125年の歴史のある帝国ホテルのロビー  – 東京  2016  3  30

       36年前、母とともに来た銀座4丁目角の2階の喫茶店の席 – 東京  2016  3 

  

  目黒川に6キロに渡ってかかる夜桜  -  2016  3  28  東京

 

 

 

 

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李承信  詩人、エッセイスト、孫戸妍短歌研究所理事長

梨花女子大学校英文科、ワシントンジョージタウン及びニューヨークシラクス大学院卒業

京都同志社大学在学中

放送委員会国際協力委員、サムスン映像事業団及び第一企画製作顧問

 

著書 - 癒しと悟りの旅路、息をとめて、沖縄に染まる

花だけの春などあろうはずもなし、君の心で花は咲く、等

 

 

 

 

 

              

 

 

 








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